広島 真亀山神社の村祭り

吹き火・1/4秒 F8 ASA400 だったかな
広島市安佐北区落合二丁目6  真亀山神社

秋祭りは10月の終わりの土日に行われる。
   2002.10.26

ひどく降らなければ土曜の夜に神楽と花火が奉納される。


   はさみ
花火は鋏竹と呼ばれる16割くらいにした竹に差し込んでわら縄で4箇所以上縛る。 縄は酒や水で湿らせる。

はさみ竹は僅かに前傾させて取り付けられている。



硫黄を足して燃焼速度を落とした点火火薬に火を付けたら速やかに退散する。
 作業  逆算日数   作 業 内 容
竹の切り出し 2週間前 真円に近い物を探す
3年生以上
上の一節を残して除く
竹の火あぶり 1週間前 竹を火であぶって乾燥させる
焦げ目が付くくらい
鉄粉の製造 4日前 鋳物切削屑を薬研がけ
花火の製造
当日 98年は徹夜明けであった
合い言葉は『採れん』
花火の画像
当日  



竹筒をあぶる

竹筒をあぶる 竹筒をあぶる
 流れ出る竹の樹液
 吹き出し口になる節を残して節を取り除き、節の所にやすりを掛けて 滑らかに仕上げる。それから竹の水分を抜くために直火であぶる。水蒸気が 切り口から出始めたら直に泡を吹き出し、竹の樹液が流れ出てくる。 竹筒は熱くなっており水蒸気で火傷しないように気をつけねばならない。 全体をこんがりロースとする。とりわけ口火側は重要である。


薬研によるカネスリ

1997.10初参加のカネスリ このページは11月に更新します。

 薬研によるカネスリ
薬研による鉄粉の作成

赤く流れる星の材料である鉄粉の粒度を下げるために砕いている。

原料は炭素含有量の多い鋳物切削屑で大和重工(吉田工場)から仕入れる この段階で大きな屑を振るい捨てている。

 97年 120Kgから40Kgが取れず2回薬研にかけてあきらめた
 98年 160Kg->40kg  金曜日に寝れた
 99年 140Kg->2xKg 不足分は20-30粒度
 00-01年 たしか徹夜だった
 02年 200Kg->45Kg 1日15kgくらい採れて絶好調



ふるいがけ  鉄粉の粒度選別

口元が黒い 鉄粉の粒度選別

ふるいにかけて粒度を整える。口元が黒いのは粉塵による。

1.大きいのをふるい取る       網目サイズ:30

2.40粒度以上の微塵を捨てる     網目サイズ:40

>2002.10.25 削除3.微塵を捨てる           網目サイズ:50

  30〜40サイズが理想   量を優先するので大粒も使っている(97・99年はこなれが悪かった)

作業環境の改善が望まれる

鉄粉の画像
 鉄粉の粒度が流れ落ちる花火の華やかさを決める。

赤枠:焼けたFe
 星となった鉄粉は黒く丸い粒となる。
 大きい粒は意図的に混ぜた大き目の鉄粉
 高く吹き上がる30-40に彩りを添える
緑枠:小河原のFe
 黒いのは切削油にまみれているから
  煙の量が増える
 薬研にかけてもつぶれそうにない丸い鉄粉
こだわりの切削屑
 砕いて高く舞い上がる星を得る


熊野の花火工場

 火薬の充填は、熊野の花火工場に行っておこなう。/牛尾煙火製作所

 土曜の朝出発するので「カネスリ」で徹夜状態

鉄粉と火薬を1:1〜1.5:1で混ぜた火薬玉を竹筒に固く充填

 にぎり固めた火薬玉    「吹き火」の構造図

曾祖父さんのと20年前に使った『つき』/旧式  松の右手の筒は 20年ぶりに作った私の「吹き火」
にぎり固めた火薬玉を「ポト」と落とし込み、「つき」とげんのうで叩き固める。
げんのうでガンガン叩く。水泡ができてつぶれたので、柔な手だと笑われた。
筒の内径に近い「つき」を作り、とにかくたたく。とりわけ火口は慎重に。
締まりが悪いと火が一気に回るため爆発の危険性が高まる。
 といっても爆薬ではないので竹が裂けたり、最後に底が抜けて下に吹き出る。
割り竹にはさんで縄で縛られた筒が飛び散ることはない。ただ、火は飛び散る。

吹き火・デジカメ/シャッタースピードに問題がある

次回に期待脚立がいる大筒

年々巨大化してここまできた。残念ながら失敗作。
  次回への決意をかきたてる。


98年度は総重量80Kgとアナウンスしていたので40Kg分を手伝った勘定か。 一人じゃとても動かせないが二人いれば動かせれる。私は今年中サイズなの だが4〜5倍のでかさ。燃焼時間が長い。

傘火

傘火  2本をペアとし、傘のように見える。今となっては珍しい。

傘火の様子の図傘火の充填作業

傘火 By 尾崎
写真の写りが悪くて雰囲気が十分に伝わらないのが残念

吹き火 断面
 99年ははじけなかった分まずまずの出来。突き固め易いように火薬に霧を 吹いて湿らせた。火薬は濡れたら燃えないが少し湿らせた方が扱い易い。 昨年の破裂は最後頃につきが裂けてきてうまく突き固めれなかった せいだと思うので今年は万全を期した。ケツに入れた銅は焼けなかったようで 花火のちり際に緑の火の粉が舞うという作戦は失敗に終わった。燃え易い ようにもっと細目の銅線と1団子分手前に混ぜて来年は望もう。

火口は竹筒の1/3開けます。噴煙が火口に向かって抵抗無く出て行くように 内部の赤土を台形に削り出します。
2:3 と呼ばれる先込め火薬2kg + Fe 80%
2:7 と呼ばれる後込め火薬2.2kg + Fe 80% 今年は30-40粒度が足りず粒が 大きいため少なくしています
傘火 断面
 傘火の場合には火口に赤土は詰めません。燃焼開始後に節を焼き落として 火の粉を散らせるためです。竹筒内の内圧が低いせいか栓は20cm角の丸めた 新聞紙のみです。画像は今年初めての初心者のもので安全の為2重に栓をして いました。火薬を入れては120回叩くとかいうことです。
Feを入れるとあっちっちになるので 入れません。又、吹き火とは火薬が異なります。

そこまでの勇気はいらない

吹き火・F8 1/30秒くらいか
 私が成人した頃には西日本一の住宅団地「高陽ニュータウン」は、 ほぼ完成していたと思う。近隣の神社では秋祭りに「吹き火」が奉納されていた。 愛知県では縄巻きした「手筒」を持ち抱えてみせるところがある。 成人の儀式にもなっていたかと思うが、勇気のいることであろう。この地の花火は 点火したら逃げるのでそこまでの勇気はいらないので気楽である。自分自身の 気持ちの区切りとして1回奉納してから久しかったのだが、5年前くらいから祭りの にぎやかしにと神楽保存会で夜店を開くようになり徐々に祭りに引き込まれていく うちに昨年から再参加する。

ちょっと夜店に外れる 真亀山神社は子供の頃からめったに夜店のこない神社であった。そんなわけで夜店を 開くようになったのだが、的屋(てきや:誤字かも)が来るようになってから 脅されてイカ焼きを取りやめたり、売り値を上げさせられたりと難儀なことが 増えてしまった。話が夜店に飛んだついでにメニューを紹介しておこう。
子供向け定番:くじ    50円,100円くらい/店員を選ばない。
  店員次第:わた菓子  借り物の機械はすぐ不調になる。
             2台借りても実動1台。
               1回ではふんわりとまでは出来ない。
               服がベトベトになる。
             機械の購入計画は有るが、予算が!
               商店街の祭りや町内会の祭りと分担し合わ
               ねば無理か!
食品  定番:ポップコーン 大鍋で作る。結構熱い。
              交代しながらが良い。
       おでん 土曜の朝から準備
       ブタ汁 夜は冷えるのであった。
       ビール,酒,焼酎
  店員次第:焼きそば   お好み焼き屋さんの手伝いが得られるとき
  的屋次第:イカ焼き
多分今後の定番:フランクフルト  味付きの焼くだけの物
               /手間がかからないから

プロパンガス 99.11.10

 LPG(プロパンガス)の規制が厳格に適用されるようになり、20kgボンベが 借りれなくなりました。3連の大型コンロ3基をつないでガス圧を維持できるの だろうか?

花火に復帰

特細
 硝酸加里
31k @1,750
特細 硫黄 8.4k @930
特細 麻炭 8.1k @4,130
工場使用料
管理料
25,000
鋳物切削屑 120k
(40k)
5千円くらいか
昼打揚煙火
3号 9cm
20 @2,350
大蛇用煙火 @400

20年は長い。花火,神楽のかつての指導者はほぼ他界するなどして引退して いる。年に一度の祭りのことなので、これら伝統芸能の伝承には数年を要して しまう。(何しろ1ヶ月をきらないと取り掛からないのだから練習不足)次に 伝える者が現れるかは置いといて、その時には伝えられるようにしておくのが この地に生まれし者の勤めと覚悟して遊んでおくことにしよう。
 私の誕生の年他界した曾爺さんは祭りの名手だったそうで神楽は他所から お呼びが掛かり、花火は打ち上げ花火を作っていたそうである。この打ち上げ 花火というのが、昼間用のもので紙で作られた力士が空を漂うというものだった そうだ。
観てみたいものである。そんな物も無資格の素人が作れた時代があったということ。
 さて今日、「吹き火」をやっている祭りは激減している。急に減ったわけでは ないのだが、花火事故を起こすと継続不能になっていくようである。ところで 花火の底の火薬はちょっとだけ緩めに叩くことにしている。
先の記述中に「締まりが悪いと火が一気に回るため爆発の危険性が高まる。」と しているが、底を緩めにして軽度の爆発(爆発とは急激な燃焼のこと)をさせると ゴーーと続いてきた花火がボゥと音を出していっそうの火の粉をまき散らし終焉する。花火の美学であると 考えるが、失敗して中・大爆発させると筒底より大量の火の粉を吹き出し 立ち入り禁止区域外までおよんで怪我人でも出したら花火の存続が危うく なってしまう事を考えるとどうしても固めに仕上げざるを得ない。 底まで固く充填しているとゴーーゴーー ・・・  火が立ち消えたようで冴えないとは思いませんか?

2002.10.27 上述に『花火の底の火薬はちょっとだけ緩めに叩く』 としているが鉄を混ぜない火薬を2〜3個入れるほうが良いそうです。

1997年の実験

鉄粉の含有量を30%は違えて何層かにしてみたが、ちょっとみ識別できなかった。
筒底はもう少し緩めにしてみよう。久々の今回は固めにしたが、初回はもっと 緩かったみたい。
教えられた配分の範囲は標準で、経験者はどこまで鉄粉の含有量を上げれるか 知ってるんだろうなと考える。少し過ぎると火柱が高く上がらず、さらに過ぎると 火口を詰まらせてもっとも危険な爆発に至るという。10の実験をするには10年を 要する。ここはひとつ1回の実験で、2〜3の実験を試すつもりでやっていこう。
何事も生ある限り挑戦であろうが、より早くそこそこの名人に到達したいものである。

          1998.6.26 次回への抱負


竹筒の噴出口
 焼けただれた竹筒の噴出口。上段に乗っているのは私の筒で終わり頃に 小爆発したために口が開き底が抜けて向こうが見える。
 底が抜けると栓にしていた紙と土が挟み竹(花火の筒を固定する八つ割り くらいにした台座の竹)に入り込み後の邪魔になる。
 花火工場で一緒になった小川原の人から分けてもらった大粒のアルミ片を 詰めていたと所まで燃えきれなくて大粒のアルミの輝き具合を見る機会を 逸してしまった。当保存会では丸ノコにアルミ用のチップソーを付けて 地金から切り出し(削り出し)ているので細かすぎるように思える。


中山公園・夏祭       98.8.1

やぐらの構造図
提灯の明かり
単発だけど祭りだからね
2002.10 ホームページがきっかけでNHKの取材を受けました。28日の ローカル番組で放送された。 NHK取材


玖町内会・盆踊り      98.8.15

一段とスケールダウンした玖町内会・盆踊り
盆踊りのにぎやかしに所属する神楽保存会はイカ焼き,フランクフルト,かき氷 /町内会はジュース,ビール/子供会は水風船釣りをやったのですが (恒例行事)今年は他の夏祭の日程から15日に決行したため客足が伸びず おおあまりのイカ焼きとフランクフルトとビールで延々と反省会が続いて 睡眠不足の私はとても疲れてしまいました。

イカ焼き・胴片身:\200 釣り銭や勘定の都合で百円単位
イカ焼き・げそ :\100
フランクフルト :\100
かき氷     :\100

氷すり機のレンタル料:\5,000-



戻ってきた衣装      98.9.28

老体に鞭打って使い続ける百年来の衣装 撮影して初めてじっと見えた猿
 『関』の衣装は古い物。動きの激しい肩部分がばらばらになりなる寸前に 補修に出すことになった。補修が必要と言われ始めてから数年?数十年? 昨年の祭りの後に補修のために頼めた衣装屋に預けて10か月くらいか? 何度か催促して今年の祭りがちかずいてやっと補修されて戻ってきた。 材料的にも技術的にも痛みの激しい衣装なので本格的な修理は施されなかった。

PA担当の河野さんによる照明の演出が写りが悪くて見えない
 最初に持ち込んだのは千代田町の衣装屋さん。神楽はブームなのか携わる 人が少ないのか3年先まで予定の入っているその衣装屋さんは時間的・技術的 理由で断られ代わりに浜田?(島根県)の実家を紹介して貰う。創業百年の 衣装屋さんに頼み込んで置いて帰った衣装は長らく店内につり下げられていた 間にNHKの中国地方の特集が有ったせいか『昼どき 日本列島』によって 全国放映されていた。衣装の戻ってきた日に秋祭りの会合と取りあえず修理さ れた衣装のお披露目に土産の山陰のピチピチいか刺をつつきつつテレビ放送の 話を聞くに放送を見た人でも自分の所の衣装と気づいた人は少なかったみたい。 私は絶対分かんないね。だって猿の刺しゅうが有るのは聞いていたけど 一体どこに有るのか知らなかったからね。撮影画像を取り込んで編集していて 確認できた。逆には珍しい刺しゅうだからその事を覚えていれば識別できたって 事か。練習で1回、本番で1回(近頃は竿にかけて観客に見せている)見る 機会があるとはいえじっと衣装を見るではなし、舞の最中では背中を向ける 場面の記憶が強くて正面側をじっと見た覚えがない。



火縄      98.10.18

ツタの芯で作る火縄
 ツタの芯で作る火縄は火もちが良いそうです。ワラの火縄は燃えが早く 消えたり押しつけたときに折れたりしますがツタを使えばそんなことは無いらしい。
戦国時代の火縄銃は何を使っていたのかな?

ツタを叩いて表皮を剥ぐ
芯を細く裂く
縄になう(縄をうまく作れないので束にして細かく結んだのも造る)



しめ縄      98.10.27

しめ縄設計図 しめ縄と子供用本御輿
 うちは神社に近いせいか生前は爺さんが、今は父がしめ縄作りの指揮?  をとっている。金属加工をしてハンドルを回して縄を巻いていく道具を作った 人もいたと思うが立ち会ったことが無いので制作課程は不明。
 僕は火縄の縄がなえなかったので無理だな、それに当日は花火の制作で 出かけているし。


花火の許可      98.10.27

死にそうに恐い防炎垂れ幕
 花火を行うためには消防署に申請を出す。火薬を扱うことなので消防署は 警察にお伺いを立てる。それぞれの官庁は自分の領分に関することに付いて 規則をもって注文を出してくる。規則を厳格に適用されると境内が狭すぎて 花火など出来なくなるので『伝統芸能の保存』を盾に警察への説得,消防署へ の認可の働きかけを行わなくてはならない。
 3年前に他所で事故が有ったのか,官庁の担当者が替わったのか私は知ら ないが、50Mの距離をうるさく言われた妥協の産物として花火台の移動に伴う 死にそうに恐い防炎垂れ幕の設置が始まった。縦は4M+4M。 少なくとも6Mはパイプ足場によじ登っての組立作業。転落事故は警察や 消防には関係ないってか。・・・
 今年で三回目。花火をするには重労働と転落、爆発による怪我の危険が つきまとう。

花火の許可 2    担当者が替わった  99.10.24

 警察の担当者が替わった。大変な朗報である。今年は申請書類を書き上げて 持ち込んだ時に分かったために防炎垂れ幕のパイプ足場を組まねばならないが、 来年は以前のやしろから離れた位置に戻せるそうなので転落事故 に会う危険が無くなる。まったくもって酷な前任者であった。

                        けいだい
小河原では花火の許可を得るために観客は花火会場と境内を100m余り行ったり、 来たりさせられていた。



それぞれの休日      98.10.27

98.10.25 夕刻3
98.10.25 夕刻2

98.10.25 夕刻1
1.もずく蟹 2.毛蟹 3.たらば蟹
 もずく蟹漁の始まった太田川。祭りの片づけが終わっての一時。




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